気ままに歩こう!台湾: 北投温泉

北投温泉という言葉をお聞きになったことがありますか?

台北から地下鉄で30分程で着ける温泉街で、この温泉の大きな特徴のひとつは、日本の昔物がたくさん残っている場所である事、あと、ひとつは一つの温泉地で3種類の泉質のお湯を楽しめるという点です。白硫黄泉、青硫黄泉、そして鉄硫黄泉です。

1894年にドイツ人の硫黄商人オウリー氏により初めて北投で発見されました。その後、台湾は日本に割譲され、

1896年3月、日本大阪出身の平田源吾氏により、北投に台湾初の温泉旅館「天狗庵」が建てられました。日本統治時代に最も名が知れていた四大温泉と言えば、北投、陽明山(北投の隣)、関子嶺(嘉義県)、四重渓(屏東県)でした。

1923年には昭和天皇(当時は皇太子)も行幸され、お入りになったと言われる瀧乃湯もまだ残っています。ここは、宿泊施設を伴わない男女別銭湯で、裸で入ることができます。北投でも最も歴史があると言われ、内部はかなり古く(^^;)水温はかなり高めの44度ほど。

戦後、台湾政府は、公娼制度を1979年に廃止し、また、当時台北市長だった陳水扁(前任の中華民国総統)の健全化政策により、北投温泉から置屋は消滅し、親子で楽しめるような観光地が復活した。

2010年、台湾でも人気の高い日本旅館「加賀屋」が「北投加賀屋」を開業した程の街です。

後になって、微量のラジウムを含む北投石(ホクトライト)が北投渓(現在の瀧乃湯付近)で発見され、温泉地としてますますの発展を遂げました。ちなみにこの北投石はとても珍しく、ここ北投と秋田県・玉川温泉でしか産出されないそう。


さて、昔を懐かしむ方の為にいくつかの写真を提供しましょう。

北投普済寺:日本統治時代の1905年(明治38年)に臨済宗妙心寺派の布教所として開設され、後に本堂が建立された。1934年に改築を行った際、鉄真院と命名さた。日本の敗戦に伴って一時廃寺となったが、1949年にチベット仏教ゲルク派の活仏(甘珠爾瓦呼圖克圖)が入り「普済寺」と改名した。その後、1969年に浄土教の僧が入り現在に至るそうです。

北投文物館:日本統治時代に「桂山旅館」として建てられた場所で、当時のままの日本家屋が残っており、台湾の人達がガイドさんから畳や障子などについて解説を受けたりしています。

梅屋:西洋と和風建築様式が見事に調和した1930年代の歴史的建造物を見学することができます

北投温泉博物館:日本統治時代に公共温泉として建てられたもの。現在は博物館として開放され、北投温泉の歴史や文化、北投石がなどが見学できる場所となっています。

北投温泉と言えば温泉地と考えがちですが、昔の日本に関連した建物もたくさん残っており、それらを求めて歩くのも旅の一興かと思います。

Hiro From 気ままに歩こう!台湾

hiro@jp-nano.com


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